花火は二度だけだった。

昔からずっと、

海沿いの町に住んでいる。

毎年夏になると花火大会がある。

最近は、春ごろにやってるけれど。

 

昔はその花火大会も

地元民だけの催しという感じで、

ひっそりとしたものだったが、

今は、花火の量も、人の量も、喧騒も、

昔からは考えられないくらい大規模になった。

花火大会当日の町は、人が多すぎて

家から駅まで道のりを

4,5分歩いただけで、もうぐったりする。

ぐったりするから、

すすんで見に行こうとは思わないが、

なんだかんだで、いつも誰かに誘われて、

結局、毎年花火は見ている気がする。

だから、

花火はほんとうに、たくさん見てきた。

思い出すだけで、あのときの花火、

これはあのときの花火というように、

たくさんの花火の絵がぱらぱらと頭にめぐる。

そのなかで、

いちばん心に残っている花火がある。

それは自分でもなぜ心に残っているのか、

不思議なものだ。

どうしてなのか、

所在がないものほど、

心に深く残っていたりする。

人に話すようなことでもないから、

いつかは忘れる。

忘れるのはもったいないから、

書き留めておこうと思う。

 

20歳ぐらいのころ、

群馬にひとりで車の免許合宿にいった。

 

今となっては、学校に行き、

就活を経て、

企業に勤めている社会人だけれど、

その頃はといえば、

一念発起し、

大学に進学する選択肢を捨て、

夢を追いかけてる自由人だった。

そして、毎日アルバイト漬けで

描いている夢に近づけずに、

くすぶっている若者のひとりでもあった。

 

通っていたアルバイト先には、

A先輩という、遊び人をやっている、

4歳上の男の人がいた。

アルバイトのなかで一番の年長で、

ボスのような存在だった。

いつも勝手なノリでからんでくる、

パチンコと女話と自慢が大好きなひとだった。

そして、自分の意に沿わないと、

露骨に不機嫌になるひとだった。

 

自分は、A先輩のことが苦手だった。

仕事でも、遊びでも、女性関係でも、

自分に甘いところで、思い通りにやっていて、

まわりがそのツケをいつも払わされていた。

それでもまわりは拒絶せず、

そういう人だからと

せっせとA先輩に奉仕しているのが理解できなかった。

自分はそんな奉仕を拒み、

結果、A先輩の不機嫌の対象になった。

 

人見知りをせず、

一見軽い感じのA先輩には、

知り合いがたくさんいて、

よくアルバイト先に現れていた。

それを見るたびに、

どうしてこんな人に人が集まるのか

わからなかった。

そして、こういうタイプの人が

世間一般では、人のなかで幅を利かせられる

タイプなのかと思うと、

きまって嫌な気持ちになった。

家とアルバイト先を往復する生活をしながら、

だんだんと考えが囚われていって、

自分の有り様に自信を持てなくなっていった。

 

余談になるが、最近、会社の帰りの電車で

何年か振りにA先輩と居合わせた。

今となっては、昔あったこともすべて、

落ち着くとこに落ち着いている。

話しかけると、愛想よく答えてくれたが、

すぐに暗い顔になって、

疲れた、疲れた、とつぶやいていた。

その当時、ツケを払わされていたひとが、

ついにしっぺ返しを食らわして、

去っていったらしい。

当然の結果だった。

いまだに、自分のつくった世界で

苦しんでいるのだと思った。

いまとなっては、同情もできた。

 

別れ際に、

お前ほんとに昔から上手くやってるよな

とA先輩は愚痴った。

声に出しておどろいてしまった。

昔、A先輩にあって、

自分にないものとして、

ずっとうらやましく思っていたことを

逆のかたちで言われたからだ。

年が経つとこんな意外性があるから面白い。

当時の、自分が聞いたら、

どれだけ気持ちが前向きになっただろう。

 

当時の話に戻る。

アルバイト漬けの日々のなかで、

自信喪失は増すばかりだった。

アルバイト先には、

A先輩の取り巻きが、しだいに増えていった。

取り巻きもまた、

A先輩と同じようなひとばかりだった。

アルバイト先がA先輩の色になった。

それに合わせようとすれば、

ラクだったろうけど、そうしないので、

だんだんとそこに居づらくなった。

かといってそれでやめる気にもなれず、

ガマン強くそこに居続けていた。

 

そんな折に、

気晴らしがしたくなって、

免許合宿の申し込みをし、

アルバイト先に長期休みをもらって、

ひとりで群馬にいったのだった。

 

予約は、混むのをさけるため

大学生の長期休みを避けた。

そういう普通なら休めない時期に

免許合宿にくる人間は、

世間一般の道から外れた経歴のひとが多かった。

いってしまえば、

遊び人やヤンキー、休職中の人、

元引きこもりもいた。

そういった人たちと

2週間を過ごすことになった。

 

それでどう過ごしたかというと、

ヤンキーや遊び人のグループの中にいた。

昔から、新しい組織にはいると、

だいたいそういうタイプの人が

まずは寄ってくる。

雰囲気がそんな感じだからとよく言われる。

実態はかすりもしていないのだけど。

A先輩のときもそうだった。

毎度、はじめは楽しい。

話すのは好きだから。

明るさや、冗談が好きなところは

よく似ている。

でも、きまって、距離が近くなっていくと

話が合わなくなっていくし、

また、

どこかの拍子で、彼ら特有の不安が生じる。

それはひとに対して向けられる、

まとまりのない、

自身との連帯をあえて確認し、

そうでなければ、転じて制裁を行うような、

感情のどろどろとした部分だった。

 

かれらのそんな部分に直面するたび、

さっぱりしている自分は、

ただ困惑してしまっていた。

 

免許合宿の日々は進んでいった。

車の運転は順調だった。

はじめは怒られたけれど、

しだいに褒められることが多くなってきた。

講習のあとは飲み会がある。

それが毎晩つづく。

 

それなりに楽しんでいても、

日を追うごとに

だんだんと、しんどくなっていた。

一番年下だったので気も遣う。

話すこともまた、

みんながみんな、

A先輩のようだと思ってもいた。

とくに、グループの中心にいた、

3つ上の遊び人、ツバサという先輩が

とくにA先輩に似ていた。

ある日から、

合宿に若い女の子が数人加わったことで、

喧騒の様相は、さらに激しくなっていった。

盛り上がり方が苦手だった。

このなかに入りたくない気持ちが強く、

遠目からみていることが多くなった。

 

そのうち、

気晴らしできたのに、

どうしてこんなことにと考え始め、

グループからすこし距離を置きはじめた。

教習中の昼間は、

グループの先輩たちとも普通に話していたが、

毎晩の飲み会は、勉強がしたいなどと、

適当な理由をつけて、参加しなくなった。

「なんだこないのかよ!」と

そのたびグループで愚痴をいわれたが、

気にしていなかった。どうせ少し経てば、

合宿も終わり、すべて流れる。

そんな気持ちだった。

 

ある日の夜、

合宿所の自室で本を読んでいたら、

ドアをノックする音が聞こえた。

あけると、立っていたのは、

グループのなかの一人で、

土方をやっていて、

丸刈りのこわい先輩だった。

よく煙草を吸う人だったので、

火をつけたりと

自分がいちばん気遣っていた人だった。

かといって、それほど話したことはなく、

合宿所にあたらしく加わった女の子のうちの

ひとりを気に入って、

よく絡んでる印象しかなかった。

 

 

「話がある」と言われ、

そのまま、合宿所の外へ連れ出された。

 

とにかく話していない先輩だったので、

一対一で呼び出されるのに違和感があった。

合宿所の門前で、

丸刈りの先輩の歩みがとまった。

当然誰もおらず、街灯の明りも薄い。

ほとんど真っ暗だった。

 

このまま、シメられたりするのだろうか。

だとしたら、どうするべきか。

不思議と冷静な気持ちで、

様子をうかがっていた。

 

丸刈りの先輩は、

タバコに火をつけて、

こちらを向かずに、

低い声で言った。

「おまえ、最近どうなってんだよ」

 

不安と不機嫌がまじった声色だった。

やはりまずいことになっている、と思った。

 

丸刈りの先輩は、言葉を続けた。

「おまえ最近俺らのこと、避けてるよな?

俺らもそうだけど、

つばさがすごい気にしてんだよ。

嫌われたんじゃないかって」

 

つばささんがそんなことを、と思った。

けれど嫌いではない。

苦手なだけで。

 

A先輩のことを思い出した。

今まであった色んなことも。

時が経っても、ちがう場所にいても、

結局こんなことになっている現実に

心から、うんざりした。

 

すこし間をおいて、言葉をかえした。

「嫌いじゃないです。

でも最近疲れてて、飲み会に行かずに、

そう思わせててしまったのは、すみません。」

 

先輩はまだこちらを見ず、

タバコの煙をはきながら、

すこしの沈黙のあとで言った。

 

 「俺も、つばさも、ほかのやつもみんなさ、

おまえのこと、ふつうに好きなんだよ。

合宿なんて2週間しかないんだからさ、

楽しくやって終わりたいじゃん。

だから仲良くやろうよ」

 

返事に困った。

合宿はもう終わりが近かった。

その間だけなら、

合わせることはできるかもしれない、

と思った。

そうやって、周りのことを考えて。

ただ、苦手なひとに好かれていることに、

とても葛藤があった。

 

そのとき、

辺りが一瞬、ぱあっと明るくなった。

「あっ」と先輩が小さく声をあげた。

遠くの夜空に、花火が上がっていた。

たくさんの光の色彩が降り落ちて、

夜闇に透きとおって消えた。

 

「きれいだな」と先輩が言った。

本音から自分も、

そうですね、と返した。

こもった響きがこちらまで届いてきた。

花火はもう一度上がった。

光の滴が夜のなかで色鮮やかだった。

垂れ落ちた光の花輪は、点々としていき、

またどこかに振り落ちて消えた。

それで終わった。

 花火は二度だけだった。

なんの花火だったのかもわからない。 

辺りは、間の抜けた静寂に戻った。

先輩は口を開けたまま、

まだ夜空を見上げていた。

おたがいに何も言わなかった。

出しぬけに打ち上げられた花火で

あとに続く言葉も見つからなかった。

次に何を言うべきか、

わからず、

じっと考えたままでいた。

まんだら堂異聞

f:id:yaharikazu:20170604213914j:plain

 

家から少し歩いて鎌倉名越山の山道を分け入ると、

まんだら堂やぐら群という中世の墓地がある。

保存状態の都合で限定公開となっている間に、

先日、ひさびさに訪れてみた。

 

やぐらとは、中世に作られた、横穴式の墓地のことで、

その当時に高位だった、武士や僧侶、商人などを埋葬している。

 

また、「まんだら堂」という名前がついているのだが、

「まんだら堂やぐら群」には、お堂はない。

そこにあるのは1000年近くの間、

雨風に晒され、草木に浸食され、

今はすっかり自然と同化して立ち並んでいる、

たくさんの石造りの五輪塔だけだ。

ここはいつもひと気がなく、自然の音しか聞こえない。

そして妙に明るい。

この山中のぽっかり空いた空間で、

たくさんの石と向き合っているといつも、

うつし鏡の世界に入りこんだみたいに、

生と死の世界がくるっと反転するのを感じる。

あちらからすれば、

こちらのいる世界はあの世みたいに、

人も草木も、

幽霊みたいにぼんやり透けて見えているのかな、

とも思ってみたりする。

石はなにも語らない。

 

高校生の時にはじめて、

このやぐら群と向き合ったときのことを覚えている。

夏の陽ざしが緑草を照らし、

その陰でひっそりとたたずむ石たちの静謐な世界と、

一切のひと気の無さとが相まって、

時間の流れに置いてけぼりをくらったような心地になった。

怖がりだったので、

すでに自分は現世から切り離されていて、

もう戻ってこられないのではないか、

と一人でヒヤヒヤしていた。

やぐら群に背を向けると、

片目の見えなくなった野良猫が、

足にすり寄ってきて、「なあ」と呼びかけてきた。

 

まんだら堂の無機質な石のたたずまいを見るたびに、

奈良の明日香村で見た、石舞台古墳の景色を思い出す。

飛鳥駅からバスで少し走ったところにある古代の墓だ。

誰の墓かは公式では明らかではないが、

中学の教科書にも出てくる、

蘇我氏の墓という説が有力らしい。

そんな有名な豪族の墓にもかかわらず、

名前がないのは、

蘇我氏大化の改新で敗れたからだ。

それによって蘇我氏は歴史の敵側にまわらされた。

現場の墓には、ピラミッドのような、

生前の蘇我氏の権威を誇示する派手さはなく、

広場の真んなかに巨石がずしりと積みあがっていた。

ただ無機質に、

空間のなかで石が寡黙に存在していた。

名前のない墓としてである。

蘇我氏が権力闘争に敗れ、

仕打ちを受けて歴史から消され、一方の勝者は、

天皇家として現代まで血をつないでいると思うと、

つくづく歴史は勝者が作るものだと感じる。

史跡には常に暗い影がつきまとう。

世界最古の木造建築物といわれる法隆寺の歴史も、

政争で血に染まっている。

古都といわれる鎌倉でも、

開発で土を掘りさげると、

底から無名の人骨がわんさかと出てくるそうだ。

芭蕉が、この世の無常さをうたった俳句を思い出す。

「夏草や つわものどもが 夢の跡」。

 

ただ、人としてもっとも過去にあふれているのは、

ときの権力者や兵、

まんだら堂に埋葬されるような高位な人ではなく、

権力闘争や高位から離れて、

毎日生活をしながら、年月を過ごし、

その時を迎えて、

亡くなっていった無名の人たちだろう。

鎌倉の地底に埋まっている、

たくさんの人骨の大半はそういった人のものだろう。

かれらもまた、歴史には残らず、

その小さな小さな世界のなかで一生を過ごし、

ひっそりと命をとじていった。

 

まんだら堂を出て、

隣町の逗子側に山道を抜けると、見晴らし台がある。

そこからは逗子の市街地まで一望できる。

名越山のトンネルから抜け出した電車が、

ガタゴトと音を立てて、街の中心地へと向かっていく。

生活の音が聞こえてくる。

右を向くと、海がひろがっている。

水平線に太陽の陽ざしが反射して、

きらきらとまぶしい。

生と死の、うつし鏡の世界に入りこんだなら、

この景色も、ぼんやりと透けて見えるだろうか。

石が沈黙して時代を見送ったように、

この活気づく世界もまた墓標のように沈黙している。

そこに街と人が立っている。